大阪に公園が少ない理由

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大阪の梅田の再開発地区(うめきた緑化事業)がガーデンに生まれ変わるそうです。すでにオープンしているそうですから、梅田に用事がある時はいってみたいですね。

そもそも大阪は東京と比べて緑が少ないといいます。もちろん大阪平野は周りを山に囲まれていて、その意味では緑が少ないというよりは、都市部の中に公園などの公共の散策面積が少ないということだと思いますが、これには理由があります。

東京と比較してみればわかりやすいのですが、東京には新宿御苑、清澄庭園、浜離宮恩賜庭園、六義園、小石川後楽園、そして皇居など本当にたくさんの庭園がありますよね。そのほとんどが元々は大名屋敷や将軍様の居城でした。

例えば清住庭園は、関宿藩主久世家下屋敷の庭園を明治の時代になって住友家当主の岩崎弥太郎が手に入れ、隅田川の水を引き、泉水、築山、枯山水を主体にした回遊式築山泉水庭としたものです。

このように東京は江戸であり、武士と大名の都だったわけです。そのためそれらの武士たちが住む住居跡が広大な公園の元になったというわけです。

東京のど真ん中に位置する皇居も、ご存知のように徳川将軍家の江戸城の場所です。最近は皇居の東御苑が一般公開もされていて、都民の憩いの場となっているようです。東御苑は野草の宝庫とされ、茶畑や果樹園まであります。

ひるがえって大阪は”大坂”で天下の台所であり、基本的には商人の町だったのです。武士の人口は商人のわずか2%程度だったといわれています。このため広大な大名屋敷や武家屋敷などは存在していなかったのです。

代わりに船着き場である船場のエリアには、江戸へ送る物資の各藩の卸屋敷が軒を連ねていました。ただし、それらは現在商業ビルに変わって今では大阪のビジネスセンターになっています。

またもともと大阪城の西側は湿地帯で、それを商人たちが自分たちの資金で地盤を固め開発していった埋立地だったのです。梅田は”埋め田”から来ていますし、大阪で高いところは大阪城から南側の上町台地の部分のみです。そのため公園などのような公共の広場というのは生まれませんでした。

こういう歴史的経緯が大阪の中心部にまとまった面積の公園が存在しない理由のひとつになっていると思います。堺はやはり大阪市の郊外ということもあって大仙公園、泉緑地、そして浜寺公園という大きな公園が三つもあるというのは幸せですね。泉緑地は将来の大阪万博が開催されたときの候補地になっています。

天王寺も芝生公園がリニューアルされて、通称”てんしば”と呼ばれる子供の遊び場所になって大人気だそうです。こうしてみると都市部が出来上がってから緑化地区を再整備するというのは、なかなか経済的に大変であることがわかります。個人的にはガーデンも芝生も素晴らしいと思いますが、大阪にも明治神宮のような人工森林があればよいなと思います。

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