スポーツ選手がルーティンを重視するわけ

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現在テニスのグランドスラムのひとつ全豪オープンが開催中で、残念ながらにしこり選手はベスト8で敗退してしまいましたが、テニスファンならずとも毎日テレビに釘付けの方も多いと思います。

テニス世界ランキング2位のナダル選手はその身体的壮健さ、筋肉ムキムキの外見からは想像がつかないほど、繊細で神経質な側面をみせます。エネルギー補給用のボトルを置くときも、慎重にきれいに並べていますし、サーブのときの耳・髪・鼻へ指先でタッチする様子は毎回決まったように正確に行います。

イチロー選手も似たタイプの選手です。打席に入って一度バットを垂直にたてて左手でユニフォームの袖をあげるしぐさはおなじみのルーティンです。打席のみならず試合に行くまでの日常生活もかなり習慣化しているようで、たとえば毎朝同じ料理を食べたり、試合会場途中でのランチも同じ店にしか通わないなどです。一度いつもいっているお店が閉まっていてあわてたというエピソードもあるそうです。

サッカーのベッカム選手も自他ともに認める完ぺき主義者で、また神経症的な側面もあります。たとえば冷蔵庫にはいっているジュースの数が奇数だと気持ち悪くて1本を捨ててしまうとか、横断歩道の白線表示をすべて踏んでいかないと気がすまないとかです。ここまでいくと逆にプレーに差し障りがでてくるかもしれません。

こうしてみるとルーティンを大切にするスポーツ選手には球技系の選手が多いように感じます。ベッカム選手の正確無比なクロスやフリーキック、イチロー選手の計ったようなバット・スウィングには、彼らの神経症的ともいえるこだわりがあるのはまちがいないでしょう。

一流のスポーツ選手がおこなうこのような動作や日常的プロセスのルーティン化は、個人の性格によるところが大きいのですがそれでも効果はあります。世界的な選手は毎回戦う場所や時間や雰囲気は違いますし、ワンプレーワンプレーを世界中から注目されてそのプレッシャーも並大抵ではありません。

それでもできるだけ自分のペースで普段やっているちょっとしたお定まりの行為を繰り返すことで、プレーに集中できる環境を自分で作り上げているわけです。

海外ではメンタルトレーナーをつけることが当たり前になってきていますが、日本ではまだ精神力一辺倒の励ましが多いように思います。しかし日本の武道では鍛錬を始める前の所作が大事な精神修行の場になっています。礼に始まり礼に終わるという一連のプロセスを定型化することで、鍛錬の前後の精神を安定させるようになっているのです。

スポーツのみならずテストや発表会で緊張してしまっていつもの力がだせないという方は、このようなちょっとしたルーティン=まじないというものをやってみてもいいかもしれません。

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